水色書架

自作の一般向け現代小説を書いています。長編短編をご用意しております。
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dearマリア (17)

フェスタの帰り、美味しいと評判のラーメン屋に立ち寄り、遅い夕飯をすませて、再び車でマリアの住んでいるという下宿のマンション近くまでトオルが送って行ったのはもう夜の11時過ぎだった。

路地を入った住宅地に6階建てくらいだろうか、小さなマンションがあった。夜目でよくわからないが古びているように見える。マリアはトオルの視線を気にしながら、

「トオル君のとことずいぶん違うでしょ?
 でも住めば都なのよ。」

と、ややはにかんで言った。トオルは、

「マリアは立派だよ。
 きちんと自活してるんだからな。
 俺んちは親が持ってるマンションだから。
 気にすることねぇよ。」

と、引け目を感じているらしいマリアを気遣って言った。彼女は何か考えていたが、

「あの、ちょっと待っててくれる?
 渡したいものがあるんだ。
 ここ、男子禁制だから。」

と言う。不思議そうにトオルは、

「男子禁制?
 ここ、女子寮か?」

と尋ねると、

「う・・・うん。まぁ、そんなようなものね。」

と焦りながら答えた後、

「でも、この時間ならみんな出払ってるかな。
 だいじょうぶかな。
 あたし一人じゃ持って運べないかもしれないし。」

とブツブツ独り言を言った。
訳がわからないのはトオルだった。

「やっぱりちょっとついてきて。」

と、思い切ったようにマリアが言うので、トオルは車のキーを抜いて、とにかく彼女の後をついていった。

マンションの入り口は乱雑で、あまりキレイとは言えず、エレベーターもところどころ錆びていて古そうだった。ゴトゴトと音を立てて、4階に着きエレベーターの扉が開くと、細い通路が目に入る。降りて一番近い部屋がマリアの下宿らしかった。

鍵を開け、ドアを開くと、中が少し見えた。トオルは女の子の部屋を覗くつもりはなかったが、目に入った光景は、整理整頓は行き届いているがあまり広くない部屋だった。思えば通学してバイトに行っていれば、寝るために帰ってくるようなものだから、広くなくてもいいのだろうが。

マリアは玄関に一番近いところに置いていたミカン箱ほどの大きさのダンボールをヨイショと持ち上げ、

「これ、この前泊めてもらったし、
 今日もお世話になったから、
 そのお礼に。」

とトオルに渡した。ずっしりと重い箱に何が入っているのかと聞けば、

「あたしの実家から送ってもらった野菜とか名産品のお菓子。
 こんな田舎っぽいもので、気が引けちゃうんだけど、
 あたしにできるのはこれくらいだから。」

と、マリアがちょっぴり恥ずかしそうに言った。
トオルは何だか胸がしめつけられるようだった。

「バーカ。
 お礼だなんて、大げさなんだよ。
 これだって、おまえの生活の足しにできるじゃねーか。」

と言ってから、しまったとトオルは思った。マリアに余計に恥をかかせたかもと気づいて、慌てて言い直した。

「それに、俺、一人で暮らしてるし、
 こんなに食べられないよ。」

「じゃ、トオル君のお母さまに差し上げて。
 あの車、お母さまに借りてきたんでしょ?
 お世話になりましたって伝えてお渡しして。」
 
飄々としているように見えて、マリアはけっこう人に気を遣うタイプなのだとこのときトオルはわかった。

「友だちなんだからさ、そんなに気を遣わなくていいって。
 でも、じゃあ、せっかくだから貰っとくよ。」

トオルがそう言うと、マリアはホッとしたのかやっと笑顔を見せた。

そして二人はエレベーターを降り、停めてある車まで持って行き、トオルが後部座席にダンボールを載せてドアを閉めると、マリアが明るく言った。

「今日はほんとにありがとう。
 とっても楽しかった。
 いい思い出になったわ。」

思い出という言葉に妙にトオルは胸を打たれ、マリアと無言のまましばらく向き合った。

「・・・あの、さ、」

と、彼が言いかけたところで、背後から、

「ちょっと何なのよ、あんたたち。
 こんなところに車止めて、イチャイチャしないでよ!」

とハスキーな声が飛んできた。思わずマリアがその人の名を呼んだ。

「あ、茉莉花さん!」

「あら、イヤだ。マリアちゃんだったの?」

そう言って近づいてきたのは、大柄でキラキラした服を着た人で、近づくほどに香水の匂いが強くなった。

「なぁに? マリアちゃんの彼氏なの?」

大柄なその人は、じっとトオルを品定めするように上から下まで眺めて言った。

「あの、茉莉花さん、まだお店なんじゃ・・・?」

と、マリアが慌ててトオルの前に庇うように立ちはだかった。

「今日はアタシ、頭痛がするから早退してきちゃったのよ。
 それはそうと、マリアちゃん、忘れてないでしょうね。
 うちのマンションは男子禁制なのよっ!」

茉莉花が強い口調でたしなめた。

「は~い、わかってますぅ~。
 連れ込むなんてしてませんから。」

マリアが焦ってごまかそうとしているのは、トオルにもわかった。

「あ、あ、茉莉花さん、あたし五目御飯作ったんです。
 タイマーで炊飯していったから、もう炊けてるはず。
 集会室にありますから。」

茉莉花はまだ首を伸ばしてトオルの品定めの続きをしていたが、

「あんたが作った五目御飯?
 マリアちゃんの作ったのは美味しいのよね。
 いいわ、それに免じて、今日は許してあげる。
 先に集会室に行ってるわよ。」

と、言って体を揺さぶりながらマンションの中に入っていった。それを見送りながらマリアが胸を撫で下ろした。

「あ~驚いた~。
 ごめんね、トオル君。
 ビックリさせちゃって・・・。」

「あれ、・・・あの人って・・・。」

「うん。わかるでしょ。
 戸籍上は男で中身が女の人・・・なの。」

骨格のしっかりした厚化粧の茉莉花に睨まれて怖気づいたトオルだったが、マリアの周りにはいろいろと彼の想像もつかないことがあるんだと意外性に驚いていた。

「茉莉花さん、自分と同じような女の子たちを集めて、
 お店を開いてるの。
 彼女たちの生活を確保するために、
 茉莉花さんが、この古いマンションを買って、
 割安のお家賃で住まわせてるのね。
 あたしは茉莉花さんに例外的に拾ってもらったの。」

マリアは茉莉花が消えていったマンションの入り口に目をやったまま話していたが、ほんとうはトオルが呆れているんじゃないかと彼の顔を見ることができなかった。中身が女といっても、所詮、男性ばかりが住人なのだから。

「ただ、ボーイフレンドを連れ込んだら、
 ここの人たちみんなが、嫉妬するやら、
 揉めるもとになるから、
 男子禁制ってことになってるのよ。
 連れ込んだとわかったら、追い出されちゃう。」
 
「なるほど・・・ね。それで女子寮か~。
 けど、拾ってもらったって、どういうこと?」

「茉莉花さんに偶然、あたしが困ってるときに出会って、
 親切にしてもらったってこと・・・かな。」

言葉につまりながら話す様子に、何か隠しているとトオルは思ったが、これ以上マリアから何かを聞き出すのは差し出がましいし、答えに困ってる彼女を見ていられなかった。

「五目御飯、作ってからライブに出かけたんだ?」

トオルは何とか話を変えてしまおうと思いついたことを特に意味もなく言うと、

「うん。いつもここのお姉さんたちにはお世話になってるし、
 あたしのできるお礼をしたいと思って・・・。
 実家から野菜が届いたら時々作るの。
 お姉さんたちも故郷を離れて来てるから、
 こういう味に飢えてるんだって言ってたわ。」

と明るく答え、思いついたように、

「あ、そうだ。トオル君も持って帰って。
 1升炊きだからたくさんあるんだ。
 ちょっとここで待っててね。」

そう言って、マリアは飛んで走ってマンションに入っていった。

 あのお人好し!

暗い道路で車を背にして立っていたトオルはなぜか苛立ちを感じた。と、同時に切なさも湧いてきた。

 何にでも一生懸命になりやがって。
 バイトもがんばる、勉強もがんばる、
 他人の心配もする、気遣いもする・・・。
 そんなにがんばらなくていいじゃねーか。
 自分のことだけでもいっぱいいっぱいだろ。

10分後に、またマリアが走ってやってきた。息をきらしていても笑顔でトオルに向ってくる。

「お待たせ。
 口に合うかどうかわからないけど。
 きっと温かいうちなら、そこそこ美味しいと思う。」

そう言って、五目御飯を詰めたビニールパックの折り詰めをトオルに手渡した。

 あったかい。

 ・・・・・。

いつのまにかトオルは、温もりのある折り詰めを持ったまま、マリアの体を引き寄せ、抱きすくめていた。彼女は突然のことに身じろぎもできなかった。彼は目を閉じ、マリアの髪からほのかに漂う薔薇の香りを鼻孔に感じながら、耳元で言った。

「9月のキャンプ、ぜってー来いよ。」

マリアがかすかに震えてるのがわかった。

「でも、まだ、あたし、バイトが・・・。」

「絶対、来い。
 バイト代くらい、俺が代わりに払ってやってもいいから。」

そう言ってからマリアから離れ、車の運転席に乗り、わずかに微笑んで

「じゃあな。
 俺も今日はすっげぇ楽しかった。
 誘いに付き合ってくれてありがとな。」

と言い残し、静かに車は走り去っていった。
マリアはまだそこに佇んでいた。今、自分の身に何が起こったのかよく飲み込めないまま。
 

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ジャンル : 小説・文学
テーマ : 自作小説

[ 2010/06/03 00:42 ] 『dearマリア』 | TB(-) | CM(-)