水色書架

自作の一般向け現代小説を書いています。長編短編をご用意しております。
はじめに
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作品リスト  [ 『空のフーガ』 ]

空のフーガ (1)

リュウセイは窓から外を眺めていた。うすぼんやりとした曇り空。そのうち雨が降りだしそうな気配だ。ビルとビルの狭い隙間の向こうには、公園の桜並木の一部がわずかに見えていた。

 これが花曇りというやつか。

今朝の天気予報で予報士が季節をあらわす言葉の薀蓄を語っていたのを思い出した。

この窓からは隣の建物の外壁が邪魔をして大した景色は望めない。

「まーた窓の外見てんのかよ。
 リュウ、おい、
 聞こえてるか?」

背後から呼びかけられて、ハッと我に返った。

「ああ、すまん。」

呼んでいたのは、サラリとした長めの髪に緑色のメッシュをいれ、端整な顔をしたモトキだ。あわててリュウセイはモトキのところまで駆け寄った。

「こっから何にも見えねーのに、
 よく飽きずに窓にへばりついてるよな。」

モトキはバカにしているわけでもなく、親しみを込めてリュウのいつもの行動を茶化した。リュウセイはモトキよりも細身だが背はあまり高くなく、小柄な体にベースギターのケースを背負って、モトキと並んで歩き出した。彼らの前方には、同じく仲間のユウスケとヒロシが歩いている。

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[ 2010/09/01 00:19 ] 『空のフーガ』 | TB(-) | CM(-)

空のフーガ (2)

リュウセイはケータイを取り出し、電話に出ると、聞き覚えのない女の声が耳に入った。

「もしもし?
 あの、タニガワ君?
 タニガワリュウセイ君?」

一体誰だろうと訝しく思ったが、そうだと返事をすると、

「よかったぁ。
 連絡がついて。
 お久しぶり。私、ナカエミナコです。
 覚えてる?
 中学のとき同じクラスだった・・・。」

相手はホッとした様子で打ち解けて話しかけてきた。一瞬何を言われてるのかわからなかったが、中学の同窓生と聞いて、ようやく当時学級委員をやっていたナカエという女子生徒の存在を思い出した。あの頃よりはさすがに大人びた声だ。

「・・・って、何で、俺のケータイのナンバー知ってるんだ?」

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[ 2010/09/03 09:28 ] 『空のフーガ』 | TB(-) | CM(-)

空のフーガ (3)

 トミダが死んだ?
 4年も前に、すでに事故で亡くなっていた?

その事実だけで、リュウセイは打ちのめされた。ナカエはその後、また連絡すると言っていたようだが、気もそぞろになり、よくわからないまま電話を切った。

どこを歩いているのか、足が地面についているのかさえわからなかった。バンドのメンバーの誰かが、顔色が悪いとか大丈夫かと声をかけてやっとリュウセイは自分を取り戻したが、てきとうに言いつくろって彼だけ一人帰っていった。

自室にたどり着くと、ベースギターをベッドの脇に立てかけて置き、彼自身はベッドに無造作に寝転がった。天井を見上げながら、さっきナカエから聞いた話の衝撃をゆっくりと落ち着かせつつ、10年前の過去を手繰り始めた。

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[ 2010/09/06 00:37 ] 『空のフーガ』 | TB(-) | CM(-)

空のフーガ (4)

あるとき、休み時間に廊下を一人で歩いているマミを見つけた。その手前に、キタミたちがたむろしている。リュウセイは何かが起こるんじゃないかと遠目から見ていると、案の定、キタミの仲間の一人がマミに近づいていった。マミはいつも彼女をいじめる面々に気づいて、棒立ちになったところ、そいつは殴るふりをしてマミの顔面に拳を突き出した。

ところが、ふりだけのつもりが、彼女の目元をかすったらしい。マミは目を押さえて叫んだ。

「痛っ!
 嫌ぁ!
 やめてよっ!」

が、彼らはニヤニヤして、彼女のたどたどしい口調の真似をしてからかった。マミはまた、やめてと繰り返し言ったが、ますますエスカレートするばかりで、パニックを起こしたように彼女は泣きじゃくった。

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[ 2010/09/09 01:09 ] 『空のフーガ』 | TB(-) | CM(-)

空のフーガ (5)

放課後のことだった。カバンが紛失したと、マミが通りかかった隣のクラスの担任に訴えたことがあった。その場にいたリュウセイをはじめ数人も探すのを手伝った。発見したのもリュウセイで、それは教室の外にある掃除用具のロッカーの中に突っ込まれていた。

黙ってマミに手渡すと、

「良かったー。
 あったー。」

と大声で喜びをあらわにしたが、見つけてくれた彼に礼を言うのは忘れていたようだ。リュウセイは少しばかり不満に思いながら、それよりもっと気になることがあった。

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[ 2010/09/12 00:50 ] 『空のフーガ』 | TB(-) | CM(-)

空のフーガ (6)

日曜に行なわれたSometime Sometimesの恒例ストリートライブは盛況だった。地元のタウン誌にはアマチュアバンドの特集で取り上げられたこともあり、近くの人たちも見に来ていたし、最近では、頑張れよと応援してくれる通りすがりの人たちも増えて、メンバーにとっては何よりの励みとなっていた。

「今日はここまで。
 皆さん、ありがとうございました。」

モトキがライブ終了を愛想よく告げ、聴衆に向って頭を下げた。バンドのメンバーも同じように礼をした。ふと、リュウセイが顔を上げて人垣の一番後ろを見た。というより、目に付いたというべきなのか、つばの広い帽子をかぶり、サングラスをかけた女性がそこにいた。顔の判別はできなくても姿形で、ナツメだということがわかった。

モトキも彼女に気がついたのか、帰りかけている聴衆に、

「この後、また別のライブが始まると思うので、
 お時間がある方は聞いていってください。」

と付け加えると、楽器を片付け、さっさと場所を空けようとメンバーに小声で呼びかけた。それからナツメに無邪気に手を振った。

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[ 2010/09/15 00:09 ] 『空のフーガ』 | TB(-) | CM(-)

空のフーガ (7)

同じストリートでライブをしている者同士というのは、意外と互いに付き合いはないものだ。ライバルだからというのじゃなく、しょせんは全くの他人であり、時には聴衆の一人だからで、互いの領域を侵さない空気があったためだ。

ナツメやSometime Sometimesも、顔は合わせて、たまに口をきくことはあっても、それ以上の付き合いはなかった。だが、何となくその日は、ナツメのライブを最後まで聞いてから、モトキが後片付けをしていた彼女に、

「飯でも食いに行かね?
 安くて旨い店、知ってるんだけど。」

と何気なく声をかけたところ、一緒に来るとは誰もが期待していなかったのに、あっさりと彼女はOKした。

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[ 2010/09/18 00:55 ] 『空のフーガ』 | TB(-) | CM(-)

空のフーガ (8)

今にも雨が降りだしそうな曇り空の下、いつものようにストリートライブをやっていたリュウセイは、彼らの歌を聞いてくれている人たちの中に、どこかで見たことのある女性二人が気になっていた。誰だったろうとベースで音を刻みながら、何度かそちらをチラチラと見ていると、二人のうち一人が笑いかけて、大げさでない程度に手を振っていた。

リュウセイはますます混乱した。明らかに、バンド全体を見ているのじゃなく、リュウセイに向って手で合図をしているのだ。記憶を懸命に辿るが、自分のこれまでの人生の中で、過去に付き合っていたカノジョ以外に、女性と、しかも二人も、まともに接触のあった者はいないのだ。

 年恰好から言えば、同い年くらいか。

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[ 2010/09/21 00:09 ] 『空のフーガ』 | TB(-) | CM(-)

空のフーガ (9)

轟く音が不意に聞こえて、リュウセイたち3人が反射的にカフェの窓の外を見ると、雷とともに暗雲から大粒の雨のつぶてが落ち始め、すぐにどしゃ降りになってきた。激しい雨で霞んだ街の通りをびしょぬれになりながら走っている人や、軒先を借りている人たちも、稲妻の走る空を怯えて見上げていた。

「それとね・・・。」

しばらくして、またリュウセイのほうに向き直ると、ナカエが話を続けた。

「前にも電話で言ったけれど、
 タニガワ君だけなのよね、マミちゃんのことを
 思い出してくれたのは。」

マミの名が出るとリュウセイはまた胸がちくりと痛んだ。

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[ 2010/09/24 00:40 ] 『空のフーガ』 | TB(-) | CM(-)

空のフーガ (10)

窓の外のどしゃ降りはまだ止まない。道路は水で溢れ、車が飛沫を飛ばして走っている。激しい雨音は窓ガラス越しにも聞こえていた。

「え? いや、だって、あいつ英語とか歴史の年号とか、
 すごく良くできてたぞ?
 障害があるように思えなかったけど。」

リュウセイは中学時代のマミを思い起こし、確かにいじめられてはいたし、独り言の多い変な奴だったが、彼より勉強ができる部分があることも認めていたので、アカネの言うことは的外れに思えた。

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[ 2010/09/27 00:52 ] 『空のフーガ』 | TB(-) | CM(-)

空のフーガ (11)

どしゃぶりだった雨がやがて小止みになってきたが、遠ざかりつつある雷は、まだ雲間で怪しく稲光を発していた。雨宿りを兼ねてカフェにいた客たちは徐々に席を立ち始めた。

「だから・・・?」

リュウセイは力なく呟いた。

「だから何だって言うんだ?
 あいつに障害があろうがなかろうが、
 俺にとってはどっちでもいいよ。
 それに、もうあれから10年たってるんだ。
 しかも、本人は亡くなってる・・・。」
 
アカネに代わって、今度はナカエが身を乗り出し、リュウセイに慎重に話しかけた。

「もし、あの頃、そういう・・・、
 見た目だけではわからない障害があるのを知ってたら、
 もっと、あたしたち何とかしてあげられたんじゃないかと思って。」

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[ 2010/09/30 00:45 ] 『空のフーガ』 | TB(-) | CM(-)

空のフーガ (12)

アカネの話はまた長くなりそうだったが、リュウセイはケイタが一体自分のことをどんな風に見て、何を彼女に語ったのか興味があった。

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[ 2010/10/03 00:37 ] 『空のフーガ』 | TB(-) | CM(-)

空のフーガ (13)

激しい雨によって埃が洗い流された街の空気は、さっきまでの蒸し暑さとは違って清涼感があった。リュウセイは一呼吸すると、ベースギターを持って濡れた路面に足を踏み出し、ナツメのいる方向に向って歩き出した。一度、彼は後ろを振り返り、アカネとナカエが帰っていく姿を確かめ、また前に向き直るとナツメには気づかれない位置にあるベンチを目指した。

ナツメはギターケースだけを屋根のある濡れてない地面に置き、ストラップをかけてギターを抱えて、チューニングを合わせているところだった。リュウセイもタオルを取り出して、濡れているベンチを拭き、腰を下ろすと、ナツメの様子を窺っていた。

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[ 2010/10/06 00:31 ] 『空のフーガ』 | TB(-) | CM(-)

空のフーガ (14)

居酒屋に入ると、ナツメはこの前と同じように、生ビールの大ジョッキを頼んだ。リュウセイも同じように頼み、何品かの料理も注文すると、威勢のいい若いアルバイトの女の子が大声で注文を繰り返した後、厨房のほうに引き返して行った。

「ほんとに酒・・・あ、いや、
 アルコールに強いんだな。
 女の子が大ジョッキ頼むとは思わなかった。」

リュウセイは、この前ここに来たとき、ナツメが大ジョッキを飲んでも酔いもせずに帰っていったのを思い出していた。

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[ 2010/10/09 00:54 ] 『空のフーガ』 | TB(-) | CM(-)

空のフーガ (15)

注文した料理の皿は空になり、ナツメはジョッキにまだ三分の一ほど残っているビールを少しずつ飲んでいた。多少は酔っているのだろう。色白のナツメの頬がわずかに赤みを帯びている。リュウセイもビールを飲み干すと、彼女に向って思い切って尋ねた。

「ナツメの中学生時代って、どんなだった?」

「中学生時代?」

「楽しい思い出とか・・・あった?」

「楽しい思い出は、修学旅行。」

即座に返事が返ってきて、リュウセイは拍子抜けした。そして、彼女にどんな答えを期待して尋ねたのだろうと己が恥ずかしくなった。

ナツメはリュウセイの思惑も何も気にせず、修学旅行の話を繰り広げ、どこへ行ってどんなことをしたのか、事細かに話して聞かせた。その彼女はほんとうに楽しそうだった。だが、話を聞くうちに、ふと彼は気づいた。思い出の中身はほとんどが彼女の単独行動でのことだということに。

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[ 2010/10/12 00:33 ] 『空のフーガ』 | TB(-) | CM(-)

空のフーガ (16)

居酒屋の中は大勢の客で賑わっていた。気温も高くムシムシした汗ばむ季節柄、仕事帰りに冷たいビールで喉を潤しにやってくるのだろう。注文をとる店員たちの威勢のいい声があちこちで上がっていた。ナツメも傍にいた店員を捕まえて、ビールの追加を頼んだ。

「女の子は、中ジョッキなのよね?」

と、リュウセイを振り返って悪戯っぽく笑って彼女は言った。彼も同じように追加のビールと枝豆を注文をした。

「いつもは大ジョッキで充分なんだけど、
 喋ってたらまた喉が渇いちゃったから。」

「あ、ごめん。俺が喋らせちゃったんだよな。」

申し訳なさそうに彼が言うと、謝ることはないとナツメがまた笑った。酔ってきているのだろうかとリュウセイは思った。いつもの言葉少なのイメージと違って、彼女の舌が滑らかになっていることに気づいたからだ。

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[ 2010/10/15 00:26 ] 『空のフーガ』 | TB(-) | CM(-)

空のフーガ (17)

皿やジョッキが空になり、腹も満たされた頃、混み合ってきた居酒屋をナツメとリュウセイは後にした。いつもより多めに飲んだ中ジョッキの分だけ、彼女が酔っているのではないかとリュウセイは心配したが、ナツメはやはりアルコールは強いほうらしい。普段以上に陽気になっている以外は、足元もしっかりしていた。

リュウセイはふと夜空を見上げた。霞んだような都会の空にはろくに星も瞬かない。

「トミダは空に何を見てたんだろうな。」

「何?」

ナツメがリュウセイを振り返った。彼は心の中で思っていることをいつのまにか声に出していたらしい。

「あ・・・いや、別に何でもねーよ。」

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[ 2010/10/18 00:41 ] 『空のフーガ』 | TB(-) | CM(-)

空のフーガ (18)

天気予報で梅雨入りが発表されてから、ほぼ毎日、鬱陶しい雨の日が続いていた。恒例のストリートライブも雨のせいで行なえず、リュウセイは自室でパソコンに向っていた。座っている椅子の周りには、走り書きをしては破棄した紙くずがいくつも転がっている。

「わっかんねー。」

アカネに教えてもらった言葉を検索していたのだが、パソコンのモニターに映し出される文字の羅列を読むのに彼は閉口しながら呟いた。

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[ 2010/10/21 01:07 ] 『空のフーガ』 | TB(-) | CM(-)

空のフーガ (19)

G&Fとのジョイントライブを控えた1週間前、いつものレンタルスタジオにSometime Sometimesのメンバーが集まって、リハーサルを兼ねて細かいところを打ち合わせし、熱を込めて練習していた。そして一段落したところで、休憩にしようとそれぞれ楽器を置いてくつろぎ始めて、しばらくしてからのこと。

リュウセイは、キーボード担当のユウスケのところにおずおずやってきて、

「これ、ちょっと弾いてみてくれないか。」

と、一束になった手書きの楽譜を差し出した。反射的にユウスケが受け取り、

「何でぃ? 珍しいな。
 いつもコードを書いてくるのに・・・。
 ん? これ、ピアノ譜じゃねーか。」

と、意外そうな声を出し、ト音記号とヘ音記号の五線譜の並列で埋められた楽譜をじっと見つめた。

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[ 2010/10/24 00:41 ] 『空のフーガ』 | TB(-) | CM(-)

空のフーガ (20)

「ところで、リュウ。
 これ、何だよ?
 新曲の歌詞じゃねーの?」

モトキが一枚の紙を手にリュウセイに尋ねた。マミの楽譜を取り出したときに、こぼれ落ちたのだろう。それをモトキが拾って、中身を読んだらしい。そこにはリュウセイの作った歌詞が書かれていた。いくつかの箇所に訂正の線が引かれ、書き直しをしてある。そして、詞の上にはコードが振ってあった。

「まだ自分じゃ納得いってないんだけど、
 とりあえず、おまえらに見てもらって、
 意見が聞きたいんだ。」

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[ 2010/10/27 00:41 ] 『空のフーガ』 | TB(-) | CM(-)

空のフーガ (21)

その夜のライブハウスの中は観客で埋め尽くされていた。女性客が比較的多いのは、イケメンと評判のボーカルがいるバンド目当てのせいだ。Sometime Sometimesのボーカルを担当しているモトキは、整った顔立ちで、鼻筋も通り、目元は涼やかでハンサムだ。嫌味なところが全くなく、気さくな感じが人を惹きつけるらしい。

同じように、ジョイントライブで一緒に出演するバンド、G&Fのリーダーでありボーカルのガチャも、モトキほどハンサムというわけではないものの、言葉に力強さがあり、身近な兄貴分という意味で人気があった。もっとも彼らの場合は、男性ファンのほうが多い。

ガチャは21歳の大学生だったが、サムサムのメンバーたちよりずっと若いわりには、カリスマ的な要素を多分に持っているとリュウセイは分析していた。

今夜のジョイントライブが実現したのも、ライブハウス側が、この二つのバンドに集客力ありと認めたためで、アマチュアながらも口コミでの評判はかなり良かったのである。

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[ 2010/10/30 00:27 ] 『空のフーガ』 | TB(-) | CM(-)

空のフーガ (22)

まだ熱気を帯びているライブハウスから急いで出てきたリュウセイは、裏口から回り込んで表に向かい、入り口辺りで佇んでいる人影に向って叫んだ。

「ナカエ!」

ボブショートで背筋をピンと伸ばしたナカエミナコが彼の声に振り返った。

「タニガワ君、今さっきのライブ、
 すごかった。」

近づいてくるのがリュウセイと判別するやすぐに声を上げた。ナカエも興奮気味だ。彼女の前までたどり着くと、リュウセイはハァハァと息を荒げて立ち止まったが、すぐに彼は手に持っていたものをナカエに向けて差し出した。

「これ・・・。」

息をするだけで精一杯で、言葉にならなかった。彼の手にある物をナカエが受け取った。題名のないCDだ。

「これがマミちゃんの作った曲?」

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[ 2010/11/02 00:30 ] 『空のフーガ』 | TB(-) | CM(-)

空のフーガ (23)

ナカエはそこで帰るそぶりを見せ、いったんは別れの挨拶を告げたのだが、去り際に、リュウセイに向って思い切って尋ねた。

「タニガワ君、ほんとは・・・。
 同窓会の日に、ライブがあるなんて嘘なんでしょ?」

突然のことに根が正直な彼は、明らかに動揺した様子を見せ、言葉に詰まった。

「やっぱりね。」

と、ナカエは苦笑いしていた。

「どうして・・・」

「わかるわよ。
 タニガワ君の様子を見てれば。」

「ごめん。」

ナカエが日本にいる時間はあまりなく、今度いつ帰国するかもわからないし、いつ同窓会を開くことができるかもわからないために、彼女が奔走して同窓会の参加を促していたのを知っているだけに、リュウセイは本当に申し訳ないと思った。

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[ 2010/11/05 00:26 ] 『空のフーガ』 | TB(-) | CM(-)

空のフーガ (24)

今頃、同窓会が始まっているだろうなと、リュウセイは古い腕時計を見ながら、そわそわと落ち着かなかった。彼が今でもたまにコンタクトをとっているマツオカも、仕事の都合で行けないと聞いていた。ナカエやアカネは同窓会の幹事で、慌しくしているのだろう。

 トミダの話はもう出ているのだろうか。
 彼女の曲はもう流れているのだろうか。
 みんな、どんな反応をするんだろう。
 それとも興味はないだろうか。

10年たったクラスメートの顔の想像など、彼にはどうでもよかった。リュウセイ自身、容貌はそんなに変わっていないのだ。他のみんなだって、まだ年齢的には若いのだし、変化は少ないはずだ。また、みんながどんな職業についていようと、近況がどうであろうと、知りたいと思うほど興味のある者はいない。

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[ 2010/11/08 00:55 ] 『空のフーガ』 | TB(-) | CM(-)

空のフーガ (25)

コンビニの前で顔を突き合わせてしゃがみこみ、時々、中の様子を窺っている3人の少年が、口々に何か文句を言っている。

「ちぇっ。
 さっさとしろよ。
 とろい奴だな。」

そういう声がリュウセイの耳にも入った。それからガラス越しに店内を見ると、怯えたように固くなりながら、目はキョロキョロとあらぬほうに動かしている少年が、店中をうろうろと徘徊している。やがて、コンビニの店員の目が届かない死角にやってくると、彼はそこで立ち止まった。ガラス越しにも見えないところだったが、少年の肩がわずかに上下しているのがわかる。

 万引き!

リュウセイはすぐに気づいて、中に入ろうと入り口にまっしぐらに向い、ドアを開けたときだった。その気弱そうな少年がリュウセイと入れ替わるように急いで外へ出ようとしたのだ。

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[ 2010/11/11 00:23 ] 『空のフーガ』 | TB(-) | CM(-)

空のフーガ (26)

とっくに日が落ちて夜の闇に囲まれたというのに、路面からはまだ熱気が立ち昇っているかのように蒸し暑い。駅前ではちらほらと人通りがあり、リュウセイとナツメもその中にいた。

「悪かったな、俺のせいで、
 いつものライブできなかったんだろ?」

リュウセイがギターケースを背負ったナツメに言うと、

「ライブはまたやればいいし、
 あたしだって、その場にいた一人だもんね。
 一緒に、事情聴取されるの当たり前でしょ?」

と、どこか楽しそうに彼女は答えた。

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[ 2010/11/14 01:06 ] 『空のフーガ』 | TB(-) | CM(-)

空のフーガ (27)

ジョイントライブを行なった2週間後、久々にSometime Sometimesのメンバーは恒例のストリートでのライブを終えて、いつもの居酒屋に腰を落ち着けていた。

今日のライブは、ジョイントライブが好評だったせいか、気温の高い日だというのに、いつも以上に客が多く盛り上がりをみせた。女性ファンもさらに増えて、暗黙のルールで追っかけはしないことになっていたはずが、新たなファンの何人かに追っかけられて、やっと振り切ってきたところだった。

「あそこでライブやるのも難しくなってきたかな~。」

ヒロシがジョッキのビールを喉を鳴らして飲んだ後、他のメンバーに向って言った。

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[ 2010/11/17 00:35 ] 『空のフーガ』 | TB(-) | CM(-)

空のフーガ (28)

「これがキタミ?」

リュウセイは何度も呟いて、食い入るように写真の中の一点を凝視した。

「彼、変わったでしょう?」

ナカエはまだリュウセイの顔色を窺いながら尋ねた。

写真の中の今のキタミは、かつての悪意や冷たさの片鱗も見られなかった。柔らかい笑みを浮かべて、人の良さそうな表情をしている。リュウセイにはどうしてもこれがキタミだとは信じられなかった。ナイフのエッジのように、いつも隙あらば切りつけてきそうな禍々しさを漂わせていた彼が、まるで正反対の人物としてそこにいる。

「いったい・・・?」

顔を上げて物問いたげな表情を浮かべているリュウセイにナカエが答えた。

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[ 2010/11/20 00:56 ] 『空のフーガ』 | TB(-) | CM(-)

空のフーガ (29)

居酒屋の店内の喧騒とは反対に、リュウセイたちの席だけがしんみりとした空気になっているのに気づいたナカエが、

「ごめんなさい、せっかく盛り上がってたのに、
 私が邪魔して盛り下げちゃったわね。」

と、メンバーの顔をそれぞれ見て申し訳なさそうに言いながら、バッグから何かを出そうと手を突っ込んでゴソゴソ探り始めた。メンバーたちはそんなことはないと気遣ったが、彼女が、

「ほんとに厚かましいわよね、私って。
 勝手に席に割り込んじゃって・・・。
 いつもならそんなことはしないのよ。ほんとよ。
 でも、時間がなかったから。」

と早口で喋りながら出したのは、デジカメだった。

「タニガワ君、一枚撮らせて。
 同窓会の写真にあなたは写ってないでしょ。
 せっかく10年ぶりに会えたんだもの、記念に。」

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[ 2010/11/23 01:00 ] 『空のフーガ』 | TB(-) | CM(-)

空のフーガ (30)完

ナカエと10年ぶりに再会してからわずかの間に数々の真実を聞かされてきたのに、これ以上、まだ一体何を打ち明けられることがあるのだろうと、リュウセイは驚きを隠せなかった。彼女は語り始めた。

「マミちゃんが亡くなったのは交通事故だったって
 あなたに話したでしょう?

 実はね、本当の原因はフラッシュバックのせいだったそうよ。」

「フラッシュバック?
 過去の記憶が蘇ってくるとかいう・・・?」

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[ 2010/11/26 00:41 ] 『空のフーガ』 | TB(-) | CM(-)