水色書架

自作の一般向け現代小説を書いています。長編短編をご用意しております。
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作品リスト  [ ≪黒猫お散歩通り≫ ]

冬の陽のさす

うららかな日だった。真冬だというのに、風もなく空は晴れ渡り、町の一角にある小さな公園の花壇の傍では朝日に照らされてできた陽だまりに、黒猫が一匹、気持ちよさそうに丸まっている。

黒猫はうずくまったまま目を細めて、地面のあちこちをつついている鳩の集団を眺めていた。耳をピンと立て金色の両の瞳を鳩に集中させてはいたが、動く様子はない。

やがて大きく口を開けてあくび一つすると、前脚をぺろぺろとピンク色の舌で丁寧に舐め始めた。次にきれいにした前脚で耳の後ろや顔を撫で、ひとしきり体の手入れをした後、猫は存分に日の光を浴びた。

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ジャンル : 小説・文学
テーマ : 自作小説

[ 2014/02/26 08:00 ] ≪黒猫お散歩通り≫ | TB(-) | CM(-)

スズカケノキの葉 (1)

セミショートのストレートな髪を肩先でゆらゆらさせながら、ナガオ・ミドリは幼い子をベビーカーに乗せて、保健所の前までやってくると、同じように子どもを連れた他の母親たちが中に入っていくのを確かめてから自らも玄関の扉を抜けた。目的は子どもの予防接種だ。

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[ 2014/04/22 01:24 ] ≪黒猫お散歩通り≫ | TB(-) | CM(-)

スズカケノキの葉 (2)

「ミキの様子はどうだ?
 熱が出てないか?」

夕飯時にミドリの夫アキトシが予防接種の後の様子を尋ねた。小柄で細身のアキトシは、仕事で外回りすることが多いため、腕も顔も日に焼けている。

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[ 2014/04/26 08:30 ] ≪黒猫お散歩通り≫ | TB(-) | CM(-)

スズカケノキの葉 (3)

保健所での予防接種から幾日か過ぎて、例によって仕切りたがるアサイの提案で、いつもの公園に食べ物を持ち寄って、子どもたちともどもピクニックにしないかということになった。冬だったが気温が高めで晴れの続いていた日だった。

アサイの上の子が子どもの劇団に入っていることから、話が芸能界に及んだとき、ミドリは体をこわばらせた。もしかしてアサイは、ミドリがタレント時代のことを覚えているのではないかと疑った。タレントをしていた頃のイメージはもうないはずだと思っていたが、顔かたちが変わるわけではない。面影から気づかれているかもしれない。動悸が激しくなるのを抑えるのに必死になった。

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[ 2014/04/30 08:30 ] ≪黒猫お散歩通り≫ | TB(-) | CM(-)

息吹

降り注ぐ春の日の光は明るいが、ベランダの窓から入り込む空気は冷たい。近くの公園では蕾をたくさんつけて開花を待ちわびる桜の木々が立ち並んでいる。季節の移り変わりを感じながら、トシエは皺のある手でガラスの戸をぴたりと閉めた。

「少しは空気の入れ替えもできたかしら。
 寒くなかった、ノブヒロ?」

窓際のベッドに横たわった息子に呼びかけた。ノブヒロはじっとしたままである。唇を動かすこともなく、ただ目は薄く開いたままガラス窓を見つめている。いや、ほんとうに見つめているかどうかは母親のトシエにもわからなかった。きっとそうに違いないという希望が入り混じっているのは否めない。ベッドの傾斜を少し起こすように調節しながら、しげしげと息子を観察した。機嫌は悪くなさそうだ。

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[ 2015/03/30 01:58 ] ≪黒猫お散歩通り≫ | TB(-) | CM(-)

桜のモニュメント

住宅地と商店街にはさまれた広い大きな公園の一角には、桜の木々が植わっている。蕾が徐々に開花し、三分咲きから五分咲きになってきた。満開の見ごろまであと少しというところだ。その近辺を通る人達は誰もが一度は足を止めて見上げる。

桜の花はなぜか人々を魅了する。冬の寒さに耐え忍んでいた桜の樹が花を咲かせるその様は、さながら春の陽光を受けた歓喜の発露。人はそこに自らを重ね合わせて花を賛美するのだろう。

一人の男が公園の桜を遠くから立って眺めている。その眼差しは遠くぼんやりとしたものだった。何かの幻影を見ているかのごとくで、桜の近くを通り過ぎていく人々も目に入らないふうであった。

男はスーツの上にトレンチコートを着て、襟を立てている。日差しはあるが風がまだ冷たいのだ。コートのポケットに片手を突っ込んだまま突っ立っていた。長いことそうやっていたが、しばらくして男の乾いた唇から声が漏れた。

「まあちゃん。」

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[ 2015/04/26 15:04 ] ≪黒猫お散歩通り≫ | TB(-) | CM(-)

春はきぬ

背を丸め、両手にバッグと夕飯の食材を買ってつめこんだ手提げを持った女が足取り重く歩いていた。春の夕暮れどきは肌寒いというより体を縮めずにはいられない冷え込みで、体の節々にまで沁み渡るようだ。年齢を感じずにはいられない。初老というのであろうか、女は決して若くはなく、老けていた。

ときどき女は自分の年齢を間違えてしまう。人に年齢を問われて実年齢より10才多めに答えそうになるのだ。呆けているのかといえばそうではなく、彼女自身がとっくの昔に枯れてしまったと感じているせいだ。

一人分だけの食材しか入っていない手提げが彼女の痩せて静脈が浮き出ている手に重みがかかる。一歩進むたび、膝に針を刺されるような痛みが走る。風邪以外の大病はしたことはないが体の衰えは嫌というほど感じていた。

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[ 2016/03/06 04:11 ] ≪黒猫お散歩通り≫ | TB(-) | CM(-)